穂高に魅せられてー「春」編
穂高の峰に最初に登頂したのが、2011年9月の北穂高岳です。
あれから6年半が経過し、今では年間通して穂高の峰に挑んでいます。
さて、今回は今まで登ってきた穂高の峰々を写真と共に振り返って見たいと思います。
せっかくなので、セルフインタビューという形で自問自答して見たいと思います。
それでは。
【春】
2012年5月12日 穂高岳山荘(白出のコルより)
Q
これはまた眺めの良い写真ですね。ここはどこですか?
A
穂高岳山荘、地図的に言えば白出のコルですね。
Q
そう言えば写真に赤い屋根が写っていますが、これがあの有名な穂高岳山荘なんですね。
A
はいそうです。これは5月の連休後に登った時ですが、1ヶ月前までは雪の中に埋もれていてスタッフが掘り起こすところから山小屋のシーズンが始まるんです。だからこの時期はまだ雪の中にあるといった印象ですね。
Q
この穂高岳山荘を拠点にして奥穂高岳に登頂するわけですね。
A
登山計画や天候にもよりますね。この時は初日で穂高岳山荘まで上がりました。なので、山荘で一泊して翌朝奥穂高岳に登頂という計画でした。ただ、行程的にかなりキツかったので、これ以降は涸沢で一泊、穂高岳山荘で一泊の二泊三日という計画にしています。
Q
やはり、奥穂高岳はこの時期が一番いいですか。
A
実は一番最初に奥穂高岳に登ったのがこの時だったんです。
2012年5月13日 奥穂高岳山頂より
山頂から見える白い峰々は本当に感激しました。朝一番ということもあり5月半ばにしては空気が澄んでいて遠くまで見渡すことができました。
Q
確かに、素晴らしい写真ですね。でも、ちょっと待ってください。奥穂高岳というと日本の一般登山としても難易度が非常に高い部類に入りますよね。このような山に初めて登るのにアイゼンやピッケルなど冬山装備が必要な時期にしたのですか?
A
そうですね。あまり深くは考えていませんでした。というのも3月末に冬季西穂高岳山頂に登頂したばかりで、連休前からは穂高の山小屋(西穂山荘だけは通年営業)が営業を開始するので、ステージを奥穂高岳に移そうというところからこの時に初めての奥穂高岳を計画しました。なので冬季西穂高岳の延長といったイメージだったんですね。
Q
なるほど、冬季西穂高岳とあまり変わらないコンディションなのですね。
A
ただ、5月ですから厳冬期とは雪の質が全く異なるんです。
2012年5月12日 涸沢から穂高岳山荘に向けた直登
厳冬期の場合は気温が常に氷点下なので、雪が解けるということはあり得ません。ですが、5月にもなると気温が上がってくるので雪が解けて シャーベットのようになるんです。「雪が腐る」とも言います。そうなると厳冬期とは違って上り下りするのが大変になります。
Q
雪が腐るですか。何となくわかるような気がしますね。ということは春の雪の方が崩れやすいという点で大変なわけですね。
A
もちろんそうですが、春の雪についてはもっと危険な要素があるんです。
Q
と言いますと?
A
5月中旬というと下界ではコートも不要になって軽く汗ばむような陽気ですよね。ですが、ここ標高3000mの穂高では昼間は暖かくなるものの夜には急激に冷え込みます。特に寒気が入ってくると厳冬期と同じようなコンディションになります。つまり、一度解けた雪が凍ってカチカチになることがあるんです。そうなるとアイゼンやピッケルが効かないことがあります。何年か前にも凍結が原因で、あずき沢と呼ばれる涸沢上部の急斜面を600m近く滑落して登山者が死亡する事故がありました。
Q
それは恐ろしいですね。「厳冬期と同じようなコンディション」とのことですが、5月なのに厳冬期のような気候になるのですか?
A
なります。一度荒れると吹雪になったりします。
2017年5月12日 穂高岳山荘から奥穂高岳への最初の取り付き
写真の前日、私は手前の涸沢にいましたが、稜線は吹雪でした。翌日は天候が回復したので稜線まで上がれたのですが、奥穂高岳への取り付き部分は完全に凍結していて危険な状態でした。 これは5月中旬の写真ですよ。天候によってはこんな状態になってしまうんです。
Q
完全に真っ白で凍っていますね。こんなところを登ったのですか。
A
いいえ、この時は凍結で危険な状態だったので奥穂高岳には登らず、隣の涸沢岳に登りました。涸沢岳は岩場のトラバースなどの危険な場所はなく、普通に歩いて登れるのでこの時は安全第一で涸沢岳へ目的地変更でした。午後になって1組だけ、ザイルとアンカーで確保しながら奥穂高岳から降りてきた登山者がいましたが逆にそこまでしないと危険なコンディションだったということです。
この時は翌日は再び荒れるという予報でしたから、天候は良くても引き返していく登山者が多かったですね。
Q
ということは、涸沢岳に登った後はすぐに下山したんですね。
A
いいえ、穂高岳山荘に宿泊しました(笑)
Q
え、何故?翌日は天気悪いとわかっていたんでしょ?
A
穂高岳山荘という約3000mの天空の領域にある山荘に宿泊したかったんですね。「この山に登りたい」というのはよくありますが、自分の場合はそれと同時に「この山荘に泊まりたい」というのがあるんです。
2017年5月12日 穂高岳山荘に用意された1名分の夕食
おかげさまで、この日の宿泊者は私一人。繁忙期には一晩で250名近くの宿泊者をさばく大型の山小屋でたったの一人でしたね。酒飲みながら岳を読んでくつろいでいました。
Q
バカですね。
A
まあ、こだわりというか・・・
Q
いや、バカです。
A
う〜ん・・・
Q
翌日はちゃんと下山できたのですか?
A
翌日は予報通り稜線は吹雪でした。出発する時は冬山と同じ装備で出発しました。
2017年5月13日 穂高岳山荘から涸沢へ下山。涸沢側に向けて撮った写真
霧が濃くて視界がなく、ホワイトアウトに近い状態でした。雪崩が発生した場合の回避率をあげるため、ザイテングラートのすぐ左(北穂高岳側)を降りることにしました。ザイテングラートは言わずと知れた無雪期の登山道となる岩場ですが、ザイテングラードは涸沢の斜面に対して右(前穂高岳側)に斜めに伸びているんですね。これは解っていたし、だからこそ左側を選んだ下りたのですが、あまりにも視界がなさすぎて実際はザイテングラードか徐々に離れていました。
そこら中に雪崩跡(デブリ)があり、緊張の連続でした。無事に涸沢小屋へ到着した時は、一気に肩の力が抜けたのを覚えています。
Q
あまり懸命な判断ではないですね。反省してください。
A
はい・・・ 反省しています。
Q
少しお説教モードになってしまいましたが、ほかに春の穂高でこの一枚という写真はありますか?
2012年5月12日 穂高岳山荘より夕日を望む
A
やはり初めて奥穂高岳にアタックした時の写真ですが、初日に穂高岳山荘まで上がり、夕食を終えて外に出てみると雲ひとつない快晴の空で夕日が沈もうとしていました。3000mの山岳では午後になると上昇気流により雲が発生することが多く、なかなか日の入りの時間に快晴であることが少ないです。その中にあって、しかも春の時期にここまで美しい夕日を観れたのは後にも先にもこの時だけです。
Q
これは素晴らしい眺めですね。まるで飛行機から眺めているような光景です。これは宿泊者も写真を撮ろうと大騒ぎだったのではないですか?
A
あまり言いたくないのですが、実は5月連休後は穴場なんです。どの年にきても宿泊者は非常に少なくゆっくりとくつろぐ事が出来るんです。この写真を撮った時も最初山荘のスタッフしかおらず、二人で黙々と写真を撮っていました。
Q
そうなんですね。このような穴場情報を書いて大丈夫ですか。
A
こんなブログを見る人はあまりいないので問題ないでしょう(笑)。
Q
この時期に登る穂高は奥穂高岳のみなのですか。他の穂高の峰に登る計画とかはないのですか。
A
そうですね、涸沢で一泊して翌日登る計画であるならば北穂高岳が候補に上がりますね。
2016年5月12日 涸沢上部から北穂高岳に続く稜線を望む
春の北穂高岳も一度は登ってみたいと思っています。例えば初日は涸沢で一泊、二日目は北穂高岳を往復、3日目で奥穂高岳登頂、穂高岳山荘宿泊、四日目下山の三泊四日とか。
Q
あくまでも穂高岳山荘宿泊なのですね。
A
そこはブレないです。
Q
ところで奥穂高岳というと100名山のうちの一座ですが、難易度的には最高ランクです。その難易度の高い山をさらにリスクの高い春の時期に登るというのは大変だと思います。とりわけここが難しいと言った場所はありますか。
A
穂高岳山荘を出発して最初の取り付けの部分は無雪期も積雪期も困難です。積雪期特有の難所というと、2箇所ある雪渓部分があげられると思います。とりわけ、頂上側の雪渓は斜度があり、安易な気持ちで来られた方は身動きが取れなくなると思います。
2016年5月12日 奥穂高岳登山者を拒む2番目の雪渓
写真の部分は無雪期でも緊張感が走る場所なのですが、積雪期は角度のある雪渓になり、さらに一層登頂を困難にさせます。もちろん凍結している場合、反対に雪が腐ってアイゼン・ピッケルが効果ない時などがあります。万が一滑落した場合は谷底まで行ってしまいますので命の保証はありません。
Q
すごい角度ですね。一体どうやって登るのですか。
A
基本はアイゼンとピッケルの3点確保で登ります。これは冬山では基本です。ただし、雪の状況によってはザイルやアンカーボルトなどクライミングギアが必要になります。少し邪道ですが私の場合は氷壁の登攀用のアイスバイルをダブルアックスにして上り下りしますが、単独行ですので、自分の技術では対応できない状況の時は、その時点で撤退しています。
Q
撤退する勇気ですね。
話は変わりますが、私たちが通常、上高地のから見上げるときに見える山並みが穂高連邦ですよね。といことは奥穂高岳山頂から上高地が見えるということですよね。
A
もちろんです。
2012年5月13日 奥穂高岳山頂より乗鞍岳方面を望む
上高地だけならず大正池までもが一望できます。全てを見下ろす感覚は何か優越感に浸ることができますね。
Q
すごい眺めですね。乗鞍岳の左奥には御嶽山まで写っていますね。
Q
それでは次に穂高の夏についてお聞かせください。
「夏」編に続きます。
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