冬の西穂(2017年1月28日)
2017年の初登り。
奇跡的な好天に恵まれ、しかも心配していた雪質は全く問題なくアイゼンが良く効く状態。はっきり言って春の安定した時期でもこれほどのコンディションはあまりありません。
「これで頂上に行かなければ、いつ頂上へ行くの?」「これ以上何を求めるのですか?」と言った状態。
そしてもちろん西穂高岳山頂を目指し見事に初登りは頂上まで行きました。
13時44分
仮眠しすぎて山荘に到着するのがいつもより遅れました。ちなみに今回初めてロープウェイから山荘まで1時間を切りました。
初日は荒れ放題。山荘近辺ですでに相当強い風が吹いていたので、おそらく稜線は凄まじい状態なんだろうなって想像します。もちろん初日は稜線には出ません。
受付を済ませ、今回は山の仲間からお借りしたソロ登山の遭難関係の本を日本酒を飲みながら読みます。この贅沢な時間がとてもいいですね。ほぼ読破したところで夕食の時間になりました。いつもながらの贅沢な夜ご飯をいただき、宿泊者と談笑します。
予報では西高東低の気圧配置と聞いていたのですが、テレビの天気図を見ると低気圧は北東へ去り、高気圧がちょうど北アルプスへ移動してくるような配置になっていました。これは期待できるかもと思いますが山の天気はわからないので、明日の状況で流動的に判断することにします。
06時54分
翌朝、外を見るとまだ暗いのですが快晴だというのがわかります。
朝食を終え、しばらくして外へ出ます。残念ながらちょうど雲がかかっていて完璧なご来光とまではいきませんでしたが、まさかこんなに天気が良くなるとは思っていなかったので、これでも十分すぎるくらいです。
天候は問題なし。あとは雪質です。しばらく稜線に人が出ていないとのことですし、昨日の天候から考えてパウダーが乗っていることが十分考えられるので、稜線の雪質を見てから行き先を決めることにします。
07時35分
出発です。
風が強いとのことですが、気圧配置では等圧線の間隔が広かったのでさほど風は強くないのではと予想します。それでも厳冬期の稜線ですから念のために重装備をします。結果的には必要なかったですが・・・
写真ではあまり伝わりませんが、今シーズンの雪だるまはとりわけデカイです。昨日の暴風で片目になっていますが細かいことは気にしません。
空が青いです。峰が白いです。
士気上がります。さあ、今日はどこまで登れるでしょうか。まずは雪面のチェックも兼ねてゆっくり山荘裏手の丘を登っていきます。
07時43分
昨日の風が強く着雪せずに飛んで行ってしまったのでしょう。吹き溜まりは別として雪面は適度に締まっていてアイゼンがしっかり食い込みます。とても良い状態です。どちらかというと3月ごろの雪面の状態に近いものがあるかもしれません。
風が吹き付けています。それでも通常この時期の風の吹き方に比べると穏やかです。今日はベースレイヤーの上にフリースを1枚着ているので吹き付ける風が心地よいです。
07時48分
稜線を見上げます。
とても美しい姿になっています。やはりピラミッドピークはこの位置からは一番目立ちますね。
例年の1月末の雪の量としてはどうなんでしょうか。何となく少ないような気がしなくもないですが。
07時56分
丸山到着。
今日は後ろの笠ヶ岳の稜線も綺麗に見えています。
この部分は風の通り道なのか、いつも風が強いのですが 今日は穏やかな風でした。
丸山というのは何ていうかただ単に通過していくだけというイメージがあるのですが、こうやって写真で見てみると案外絵になるものです。よく丸山まで登りに来ましたという方とお会いしますが確かに丸山まででも十分に冬の西穂を味わうことができると思います。自分も将来歳をとって体力がなくなった時には丸山を目標に登る時が来るんだろうな、なんて思いながら通過していきます。
08時38分
独標が見えて来ました。ここに来るまでに雪質は安定していることが確認できたので、少なくともピラミッドピークまでは足を伸ばそうと考えます。ピラミッドから先は再度雪の状態などを踏まえて考えることとします。
昨日談笑した方々が独標登頂を果たしています。二人組のうち一人は丸山までと言っていたのですが頑張って独標に登ったようです。
独標手前の第12峰は夏と冬の両方の道にトレースがつけられていました。この先の第7峰もそうですが冬ルートの方が楽に登れる箇所がいくつかあります。ですからトレースを100パーセント信じるというのはあまり賢明ではないと思います。今回も雪庇ギリギリを歩いたトレースがありました。一度トレースがつくとそれが既成事実になってしまう傾向がありますので本当に正しい位置にトレースがあるのか見極める必要があります。
08時56分
独標登頂。
今日は素晴らしい眺めです。雲海はなく麓までよく見えています。いつもははるか彼方に見える白山も今日はなんだか近くにあるかのようにはっきり見えています。
独標直下は雪が締まっており、特に途中の鎖から上の部分はステップが出来上がっていて前向きに上り下りできる状態でした。上り下りすることだけを考えればこのような状態は楽で良いのですが、冬山の技術を向上させるという意味では今回のような状態は何の訓練にもならず、そういった意味での収穫はありませんでした。
独標から眺める西穂高岳〜奥穂高岳〜前穂高岳の稜線です。
厳冬期にこの絵を撮れるというのは奇跡に近いです。
吊尾根がよく見えています。前回の秋の縦走は予定していた3日目が雨と濃霧でコンディションが悪く結局涸沢方面にエスケープしたので、吊尾根〜岳沢ルートは夏以来踏み入れていません。今年の紅葉シーズンはまたあの尾根を歩きたいななんて思います。気の早い話ですが・・・
さて、出発することにします。
09時10分
第10峰到着。
あまり距離はないのですがそれでも独標よりもピラミッドピークが間近に迫って見えるような気がします。第10峰の頂上は狭くてゆっくりできるスペースはないので足早に次の峰に向けておりていくことにします。
雪のコンディションが良くて独標から第10峰へ登る飛騨側の斜面も何のストレスもなく普通に上り下りできました。
09時20分
第9峰到着。
写真は第9峰からピラミッドピークに向けて下りていく部分ですが、矢印のついた岩を左側に行くか右側に行くかで大きく分かれます。夏でしたら雪がないので左側を行くしかないのですが、この時期は右側に雪がついているので(ただし本来は何もない)右側から行けなくもありませんし、右側から行った方が確実に楽です。
ほんのちょっとした一部分ではありますが、両側の切れ落ちた崖を目の当たりにすると少しでも楽に通過したいと感じてしまいます。状況を見てルートを定めなければならない典型的な 例です。
09時30分
第9峰を降りるとしばらくトラバースとなり最終的には雪壁になります。この雪壁を登ると写真のようにピラミッドピークへ向けてラストスパートとなります。この部分は特段技術的に困難というわけではありませんが、とにかく露出感があるのであまり周囲を見て恐怖感を煽らないようにした方が懸命です。周囲を見渡すのはピークに登ってからで十分です。
09時36分
ピラミッドピーク到着。
ここまで来て初めて西穂高岳稜線の後半部分が見えて来ます。
さて、どうする?
先へ行くか? ここで引き返すか?
というより、ここで引き返す理由って何?
という感じです。
春の安定期でさえ今日のような条件はそう多くない、それくらい恵まれた条件なわけですから、ここで引き返す理由などあるわけがありません。
というわけで次の第7峰に向けて下りていきます。
09時42分
第7峰です。
この峰は先ほどのピラミッドピークに比べると縦に二つに切ったような形をしており、斜度もピラミッドピークよりキツイです。どちらかというと山荘側斜面の方が斜度があり、気温が上がって雪が緩んでいると上り下りが困難になる場所でもあります。
幸いにして今回は雪がしっかり締まっているので苦戦せずにすみましたが、雪の状態によっては相当覚悟して取り掛からなければならない場所です。
09時51分
次の第6峰はこの稜線の中では比較的緩やかな場所です。
8峰、7峰と手応えのある峰を越えてくると第6峰はついつい見過ごしてしまいそうになりますが、それでも峰として存在感はあります。
09時52分
次の第5峰です。
トレースが写真でもギリギリわかると思いますが第5峰は巻いていきます。
時々第5峰を登る人がいますがメリットはありません。雪がついていると登った方が楽であるとか、そんなことはありません。積雪期であっても巻いて行った方が楽だし安全です。
ただし、この辺りまで来るとトラバースする斜面も少しずつ角度がついて来るので気をぬくことはできません。アイゼンで雪の感触を確かめながら一歩を慎重に進んでいきます。
10時00分
そして次なる大ピーク「チャンピオンピーク」(第4峰)の登場です。
ガッツリとした斜度のある登りになります。もうここまで来ると実際はかなりの斜面ですが感覚が麻痺しているせいか普通の登りと変わらない感覚になります。トラバースではないのでむしろ安心感すら出て来ます。が、それが事故の原因でもあることも踏まえ、やはり慎重に登っていきます。
一部吹き溜まりの部分は50センチ程度沈む場所がありましたが、基本的には締まっていてアイゼンが効くので雪面のコンディションは問題ありません。
10時09分
チャンピオンピークに到着すると今度はすぐに飛騨側の急斜面を下り、第3峰に向けてトラバースしていきます。ここから急斜面のトラバースが続きます。
写真で見る以上に斜面が急なのでトラバースも緊張感が走ります。
幸いにもここでも雪質が安定していてピッケルやアイゼンがガッツリ刺さりますので問題なく進むことができました。
10時14分
第3峰到着。
トラバースを選ぶか峰を越えて行く方を選ぶか。トレースはトラバースする方についています。どちらも難路ですが、登る際には峰を越えて行くルートを選びました。下山時は参考としてトレースするルートをたどりましたが、これに限ってはどちらが正解ということはなくその時のコンディションや登山者の技術で判断するしかないと感じさせられました。
10時24分
第3峰を越えると一瞬ですが歩きやすい場所が現れます。ここに来るまでずっと緊張感の連続なのでほんの短い距離でもホッとすることができます。
ここから先は再び難路になりますから、今のうち心の準備をしておきます。標高も3000mに近くなっているので、あえてゆっくり歩いて息を整えておきます。知らない間に足の筋肉を酷使しているので少しストレッチのようなことをしてほぐしておきます。
万全の体制を整えた上で最後の難関に立ち向かっていきます。
10時26分
最初に立ちはだかるのが第2峰を巻いて行く形となる急斜面のトラバースです。しかもこの斜面は谷底まで続いています。半端ない高度感にさらされながら慎重に進んでいきます。万が一の時には焦らずにすぐにピッケルを雪面に刺せるようにイメージしておきます。
このトラバースの後半部分は稜線に向けて登っていきますので更に難易度が増します。下山時は特に注意が必要です。
10時33分
登りのトラバースで体力を消耗したところで現れるのが雪壁です。写真の右部分を登っていきます。上の方にはステップがついているのがわかるでしょうか?
今回は途中までは氷の一歩手前の硬さ、最後の部分はよく締まった雪面になっていて、やはり楽な状態ではありましたが、ここまで来る疲労感と標高の高さから雪壁を越えるのも一苦労です。
なお、この部分は下山するときに間違えて左側の岩に行ってしまいそうになるので注意した方がいいかもしれません。
10時40分
そして雪壁をクリアすると、ついに西穂高岳主峰直下に到達します。
残すは最後の難関。主峰直下の急斜面のみです。
この長い急斜面を登り切ると栄光ある山頂が待ち受けています。この急斜面の雪のコンディションが一番問題で、最悪の場合は隣の岩場を登っていかなければなりません。ですが、ここまで登って来た中で今日は問題ないだろうと予想します。
もちろん予想であって実際に取り付いてみないとわかりません。もしかしたらアイスバーンになっているかもしれません、着雪して容易に崩れるような状態かもしれません。雪面の状態によっては、ここまで登ってこれたとしても今の自分の技術では頂上は諦めなければならないことも視野に入れます。
まずは斜面まで近づいていきます。
10時43分
西穂高岳頂上直下の斜面は最高の状態でした。凍ることなく崩れることなくアイゼンやピッケルがしっかり刺さる状態。しかもステップもできていて今までアタックした中でも一番コンディションが良かったように思えます。
アイゼンとピッケルで3点確保でゆっくり登っていきます。コンディションが悪い時の救済措置としてアイスバイル2本を持っていますが結局のところ出番はありませんでした。
徐々に山頂が近づいてきます。空が広くなってきます。ここに来るまでだいぶ疲れがたまっています。足の筋肉が悲鳴をあげています。普段70キロのウェイトでスクワットをしていますが、それでもこの距離を連続して登って来ると辛いものがあります。ピッケルを持つ右手も知らぬうちに力が入っているせいでキツく感じます。
さあ、最後の力を振り絞って難所をクリアします。
10時52分
西穂高岳登頂。
いつきても良いものです。もはや言葉では表せません。
出発から3時間以上かかってしまいましたが、それが今の自分の体力や技術です(独標で下山困難者を救済したため時間を割いたのもあったのですが)。写真もHP用のものや資料画像を撮影しながら登るので標準タイムより遅くなるのは承知の上です。
それでも厳冬期の西穂高岳に登れたということは自分の中では奇跡に近いことです。こうやって頂上から眺めると涸沢岳西尾根が見えます。冬季奥穂高岳方面のメインルートですが通称パチンコ(冬季穂高連続登攀)などされる方にとっては単なるアプローチでしかないわけです。そんな方々にとって山荘から西穂高岳に登れたのが奇跡的だなんていうのは幼稚に思えるかもしれませんが、その人の目標達成はその人のものであり場所で甲乙つけるものではないと思います。ですから「丸山まで登りました」という方にも私は敬意を示します。
初登りで西穂高岳の頂上まで登らせてくれてありがとう。穂高の峰々に感謝します。
お読みいただきありがとうございました。
2017年1月27日〜28日
西穂高岳山頂よりジャンダルムを望む。ジャンダルムの左は涸沢岳と涸沢岳西尾根。
槍ヶ岳、大喰岳、中岳そして南岳へと続く稜線
左から吊尾根、前穂高岳、明神岳
右手前が焼岳。遠くにそびえるのが乗鞍岳
遠くの白山まで見ることができた
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